2022年11月12日 新潟日報

「第2回 4人の眼 展」

新潟画壇にも政権争いか?

これまで所属団体や、個展での発表を、数多く続けてきた四人である。なぜ一堂に会して競い合うことにしたのだろうか。まず感じた疑問である。

中央画壇で活躍する猪爪彦ー(行動美術)、白十十三(無所属)、藤井裕子(国画会)、山田修市(独立美術)は、それぞれ作風はもらろん具象や抽象、素材から下地、テーマに至るまで違う。藤井作品の複数展示を見るのは、初めてである。白く荒い筆致のグランドに隙間というよりダークな立体的フイギュアが浮き上がる。三次元性を備えた空間は、非常に絵画的ではあるが、プリミティブまたは普遍的な内容を意図しており、慎重な配慮によって、習熟した洗練さが浮かび上がる。

白鳥の作品に出会ったのは40年近く前である。当時は、モダニズム美術に対する反動の時代で「ニュー・ペインティング」や「新表現主義」が台頭し始めたていた。しかし、そこで見たのは、純粋な具象絵画であった。それ以降の作品は多少の変遷を見たとしても、変わる事なく、一途な表現を追求してきた。継続はカ、作品は「自然を描く、写すのではなく“生かす”」と言わざるを得ない。

山田の展示された大作は、絵筆の統御によって、触発・燃焼・昇華へと導かれ、さらに深みが増している。近作の箔へと繋げる意志の様にも感じられた。光と影を意識した微妙な表情が見られ、表現的可能性を拡張させている点が魅力的だ。

猪爪の油彩は長年見続けてきたが、以前のパロックでフレスコ画風な装いから、多岐にわたる表現を生み出してきた。近年は、“内なる自由“を得てきたのかもしれない。画業50年、鮮度を失わない作家がここにいた。

四人の結論は、発表の機会を一つ得るためであった様だ。誰の目にも触れない作品は存在しないのも同然である。同時に作家はまた、発表の時期や場所を選ぶ事で自らの観者をより多く選ぶ権利を有する、と言う事なのだろうか。

藤由暁男(美術批評、福島学院大学名音教授)
13日まで新潟市美術館市民ギャラリーで開催

開催時の写真はこちら:「2022年 個展」