ごあいさつ


2017年06月02日

奈良の風景 八一へ思い
新潟・中央区 白鳥十三さん絵画展

新潟市中央区出身の画家、白鳥十三さん(68)=東京都在住=の絵画展が、同区のアートギャラリー万代島で開かれている。奈良の寺院を柔らかいタッチで描いた作品など約20点が来場者の目を楽しませている。

白鳥さんは、生家が会津八一と近所で、高校や大学の後輩ということもあり若いころから八一の書や歌への関心があったという。八一が単価で読んだ奈良を年に数回訪れ、歌碑巡りなどを通じて絵画の制作に生かしている。

会場には空につきが残った朝方の隆起寺や、八一の歌をイメージしたという春日大社の鹿をやさしい色合いで描いた作品が並ぶ。長年モチーフとして取り組んできたバラの作品も目を引く。

訪れた新潟市西区の会社員渡辺綾香さん(28)は「奈良の幻想的な月夜や、かわいらしい鹿の様子がすてきでした」と話した。

鹿苑はこちらに掲載しています

2015年05月27日

八一詠んだ奈良 表現
新潟で白鳥さん絵画展

新潟市中央区出身で東京都在住の画家、白鳥十三さん(66)の絵画展が26日、同区のアートギャラリー万代島で始まった。奈良の寺院風景などを繊細な筆致で描いた作品約20点が並ぶ。

白鳥さんは新潟高校卒業後、早大在学中に絵画研究所に通い、油絵を学んだ。特定の会派には属さず、東京・銀座や新潟での個展を中心に活動している。

幼少時に家が会津八一の近所で、出身校も同じだったことから親近感を抱き、八一が短歌で詠んだ奈良を度々訪れている。抜けるような青空、若葉が芽吹く田園風景を描いた「斑鳩の春 - 法輪寺・法起寺」は「八一の短歌をイメージして描いた」という大作・他の作品も鮮やかな色使いで季節感を表現している。

旅行中に夫婦で訪れた京都府の自営業石塚寿昭さん(70)は「心が癒される素晴らしい絵画だ」と見入っていた。

斑鳩の春 - 法輪寺・法起寺はこちらに掲載しています

2013年09月24日

古里に恩返し

糸魚川市出身で二幸産業(本社・東京)会長の小林保廣さん(77)は、"古里への恩返し"として菩提(ぼだい)寺である同市田伏の大雲寺(丸太龍也住職)に、東京都内でアトリエを構える画家・白鳥十三さん(64)が描いた「白蓮(びゃくれん)」を寄贈した。23日に同寺本堂で除幕式が行われ、小林さんらが東京から駆け付ける中、大作が初お披露目された。小林さんは「地域に貢献したかった。お寺にふさわしい作品が本堂に飾られてうれしい」と話し、丸田住職は「気持ちが落ち着く素晴らしいハス画。心のよりどころになる」と喜んだ。

寄贈者の小林さんはエジソンに憧れて上京。「仲間とお客様がいてこそ幸せになれる」をモットーに二幸産業を興した。創業から半世紀、ビル管理や介護事業も合わせ日本一のビルメンテナンス企業を築き上げた。作者の白鳥さんは新潟市出身で、アクリルと岩絵の具を使った混合技法で知られている画家。デジタル技術の「ジクレー版画」にも取り組んでいる。小林さんと白鳥さんの交流は森邦雄副知事(64)が縁。小林さんは要人が集まる県人会で白鳥さんの絵と出あい、「古里の梶屋敷から見える夕映えの日本海を描いてほしい」と懇願。見事な出来栄えに、菩提寺に寄贈する作品の制作依頼を決意した。

1年かけ大作

白鳥さんは以前に描いたハス画と東京・上野のハスをベースに、1年がかりで仕上げた。「キャンバスで葉や白い花を何度もずらした。パズルのようだった」と振り返った作品は、200号に相当する縦1.6メートル、幅3メートルの大作。「依頼された時期はハスの季節が終わっていたので、以前に新潟で描いたハスを思い浮かべながら進めた。白いハスは住職の希望でした」と明かした。除幕式には小林さん、白鳥さん、森副知事らが駆け付けた。幕が取り払われると、本堂に荘厳な「白蓮」が姿を現した。白鳥さんと高校の同級生でもある森副知事は「白鳥さんの絵は古里を思う気持ちで満ちあふれている」とあいさつ。丸田住職は「白いハスは仏と深い関わりがある。本堂にふさわしい」と話した。除幕された白蓮をあらためて見つめた小林さんは「最高だね。これからも地域貢献していきたい」と満足した様子だった。

白蓮はこちらに掲載しています

2012年05月06日

ふるさと愛する独住画家

新潟平野から山並みを臨む朝焼けの風景を描いた画家・白鳥十三さんの作品『わが心の故郷』。4.0メートル×1.5メートルの大作だ(写真左下)。

たなびく雲に映る朝陽の微妙な色合いの変化が、静かに円環する地球時間の朝の空気を伝えている。立ち上る朝霞がまもなく消え、水面に陽の光がきらきら光り始めた。今朝、目覚めたばかりの人の心に、希望の1日の予感さえ与えてくれる。「自然とはこういうものだったのか」とため息が出てくるほど感動的だ。

セラミック二次電池など、導電・絶縁材料のパイオニアとして知られる株式会社ナミックス(新潟市北区)の研究棟エントランスロビーに飾られている。「ふるさとの情感を感じていただければ」と、絵の前に立つ白鳥さん。

もう1枚の絵は平成22年、NHKハート展出品作『道』(写真右下)。こちらは実に楽しく、心が自然に浮き立ってくる。人は、絵の中に生の現実を見ようと絵画展に足を運ぶのではない。だからと言って、現実から離反した絵はよほどつまらない。現実と非現実の被膜のあわいに、人間の優しさや、楽しさをぐっと詰め込み、白鳥さんならではの具象を現出した。

1960年代、前衛的なコンセプチュアルアートなど現代絵画が、わが国になだれ込んできたが、白鳥さんは「ぼくにはどうも肌に合わない、要するに(目指すものが)違うんじゃないか」と。そして23歳の時、『造形志向の強い絵ではなく、崇高で精神性の高い、気持ちがすっと抜けてゆくような具象絵画を目指していく』と思い定めた。「それ以降、ぼくの(絵の作り方の)肝は変わらない。見ていただく肝でもある」。見飽きない、人の心をつかんで離さない白鳥絵画のマジックの秘密がここにある。

新潟県出身。同郷の作家・坂口安吾の石碑をテーマにした『ふるさとは語ることなし』や歌人、書家で古都・奈良を再発見した會津八一にちなむ『法隆寺西門』の作品などがある。"愛郷家"の心は、彼らのそれに通じている。

実家のすぐそば、歩いて1、2分のところに會津八一最晩年の住居(現・北方文化博物館新潟分館)があった。「年報を見ると、ぼくが生まれて、先生が亡くなる最後の7年間が重なっている。ぼくは、よくパン屋にお使いに行っていたが、その向かいがお宅。ひょっとしたらお会いしてるかもしれない。そんな親密感もあるんです」。「先生の書の『独住』という言葉もぼくと同じで、好きだなぁ、生意気だけど―」。

小さい頃絵をよく描いていたが、中・高と絵を封印。進学校の新潟高校へ通ったが、18歳の時、画家になるよう、内なる声が・・・。進路について、高校、大学と父親と確執が続いたが、大学を出ても絵をやると言い出した時、父が折れ、「実は・・・」切り出した。白鳥さんが小さい頃に描く絵を見た、新潟県出身で、日本画家の小島丹漾師(奥村土牛門下)が父親に、「この子が18ぐらいになって、絵をやりたいと言い出したら、やらせたほうがいい」と勧めたというのだ。父親はこの時初めて白鳥さんに明かした。

以来40年を超え、自信に満ちた魂の自由人だ。大柄でゆったりした風貌。鷹揚に見えるが、親しみがあって、面倒見がいい。戦後、大好評を博した獅子文六の小説『自由学校』の主人公、五百助を彷彿とさせる。


2011年10月17日

風土に根差した端正な構成

▼白鳥十三絵画展(18~30日、新潟市中央区万代島5のアートギャラリー万代島)

新潟市生まれ東京在住の白鳥さんは、早稲田大学在学中から画塾に通って洋画を学び、創作約40年を一貫して無所属で通し、東京銀座とふるさと新潟で個展を開き続けてきた。

今回は、奈良と新潟の薔薇シリーズ3部門展示で、100号の水面鳥瞰図1点をはじめ、「斑鳩の里」(法隆寺)=写真=や「飛鳥天空」(橘寺)など20号3点。新潟の坂口安吾の石碑がある松林「ふるさとは語ることなし」「異人池の教会」「万代橋」など10号は5点で他に小品。

だ円形額縁やルイ15世式彫刻の装飾額縁に入った、ロココ風のバラの絵も含め、計約20点とジクレー版画数点である。アクリル絵の具に岩絵の具を併用、新開発の溶剤で、問題のあったアクリルの絵肌が改善されたという。

風景画では、全般に日本の風土に根差した端正な構成と、堅実で達者なデザイン、細密な写実描写が画面を引き締め、空の鮮やかな青、暗緑色の杜と明るい草や林の緑、寺社など建造物の渋い暖色が、陰影と奥行きの鮮明な画面を創出し、何かしら郷愁を感じさせる。

一方、「夕映えの日本海」6号の、打ち寄せる波を染める夕日と雲の色が、さわやかな空の青と調和し、軽妙で優雅な雰囲気を醸しており、華麗で繊細、快い美感をもたらすバラのシリーズの絵とともに、現代に再現されたロココ風の絵画とでも言えるようだ。

その感性は、前に触れた額縁へのこだわりにも表れている。この後もう一方の、ゆったりした日本的な画境と、どちらが濃さを増すか、楽しみである。 (鈴木清一)